本作は、SHINYA HEROさんとの共同企画です。
ぜひぜひ、彼の曲「晴れ男」と併せてお楽しみください!
1.
「そういうわけでさ、僕も晴れて先輩ってわけよ」
「そうなんですか。すごいですねー」
胸を張って話す晴男に、照美は興味なさげの返答をした。
そんな照美の様子を歯牙にもかけず、晴男は平然と言葉を続ける。
「ま、当然だな。自慢だが、僕は一級晴天司だからな」
「そこ、普通は”自慢じゃないが”って言うんじゃないですか?」
「いや、これでいいんだよ。僕は自信に溢れたポジティブ男だからな。謙遜なんてしない。世界なんてのは結局、捉え方次第でどうとでもなるもんさ。前向きでいれば空はいつだって晴れ模様、ってな」
「はぁ⋯⋯」
晴天司とは、天候を司る職業の一種だ。
悪天候に喘いでいる地域の雲を除け、下界を照らす役割を担っている。
「そんなわけで、仕事に行ってくるぜ!
不甲斐ない後輩を指導してやらなきゃな~。
ったく。あいつはほんと、僕がいないと駄目なんだから」
そう言って晴男は、職場へと向かっていった。
2.
一向に晴れない雲。
相も変わらずのザーザー降り。
心中を映したような一面の寒色に、輝坊はガクリと項垂れた。
「す、すみません⋯⋯」
「ははっ、予報外れの天気予報、ってな。ま、君らしいじゃん、しょうがないさ。僕が見せてやるよ、本物の晴れ間ってやつをね!」
そう言って晴男が呪文を唱えると、雨がやんで雲の隙間からひょっこりと暖色が顔を出す。
「な? ざっとこんなもんよ。まったく、ほんとおまえは僕がいないとしょうがないな」
「やっぱり先輩はすごいですね。はぁ⋯⋯ほんと僕は全然ダメだなぁ」
肩を落とす輝坊とは対照的に、晴男はいつも通り胸を張って言葉を返した。
「おいおい、そういうとこだぞ。いいか~輝坊。世界なんてのは結局、捉え方次第なんだよ。
嘆いてばかりのお前じゃさ、上手くいかないのは当たり前だ。
僕を見ろ。自信を持って胸を張ってさえいりゃあ、自ずと結果は付いてくるのさ」
「は、はぁ⋯⋯」
釈然としない輝坊の様子に気付かず、晴男はいつもの調子でバシバシと彼の背中を叩く。
「ほらほら、お前のでかいその体は一体なんのためにあるんだ?
お前、この間言ってたじゃないか。気になる娘がいるってさ。
あの娘のためにも晴れにしてみな。今のまんまじゃ、立派な大人になれないぞ~」
「そ、それもそうですね⋯⋯。頑張ってみます──あっ」
力なく答えた輝坊の鞄から、ポロリと一冊の本が落ちる。
「おっ、なんだこれ? 晴天司検定一級の過去問……?
おいおい、やっぱりやる気なんじゃないか輝坊!
仕方ねぇ、晴天司検定一級保持者のこの僕が、直々にいろいろ教えてやるよ。
なぁに、気を使わなくていいんだぞ。なんでも聞いてやるからな!」
「はは⋯⋯ありがとうございます」
「声が小っちゃいぞ! もっと大きな声で、堂々と話せ!」
その日から、晴男による輝坊の特訓が始まった。
しかし──
「いいか! 一級晴天司ってのはそう簡単になれるもんじゃないからな!
一に努力、二に努力!! 休んでいる暇なんてないぞ!!!
寝る間も惜しんで勉強するんだ!!!! 夜でも太陽は出てると思え!!!!!」
なんとも残念なことに。
晴男は晴天司としての実力は高くとも、教師としての資質はゼロに等しかった。
晴男に反抗すると後が面倒だが、かと言ってずっと従い続けていればこちらの身が持たない。
数日間は晴男の指示に則って勉強していた輝坊だったが、ついに耐えかねてこう漏らした。
「その……これからは自分のペースでやらせてくれませんか?」
その言葉を聞いた晴男の表情が、みるみるうちにご機嫌な昼間からお怒りの夕焼けへと変化する。
「はあ~? 自分のペースだぁ? お前は駄目な奴なんだから、黙って僕の言う通りにしときゃあいいんだよ。それとも何か? この僕の言うことが信じられないってのか?」
「そうは言ってないです。
でも、個人の経験のみに則った方法論は──」
「そんなんだからお前は、卑屈で猫背で冴えない顔で、年中梅雨時のジメジメ野郎なんだ!」
「あの、でも先輩僕は……」
「も~いいよ! お前の好きにすればいいさ!
だがな! 断言する、お前のやり方じゃあ100%上手くいかない!
僕の言う通りやってればよかったと、後で泣きついてきても知らないからな!!!」
こうして二人は決裂した。
晴男との関わりを絶った輝坊は自分のやり方で効率的に勉強し、それに伴って着々と晴天司としての実力も向上していった。
そうしていよいよ試験当日。その結果は──
3.
「はっ、ダメなあいつのことだ。どうせ落ちてるだろ。
そして僕に泣きついてくるに違いない。
ま、泣いて謝るんだったら? 先輩として? また指導してやらんこともないが?」
そう独り言ちながら晴男は、晴天司検定一級の合格発表をしている会場へと向かう。
輝坊は今頃、結果に落胆して肩を落としていることだろうとほくそ笑みながら。
しかし。晴男の妄想に反して、そこにいたのは喜びの表情を浮かべる輝坊だった。
「あいつ⋯⋯受かりやがったのか──!」
さらに、もうひとつ晴男を驚かせたのは、
(輝坊の隣にいるあの女、照美じゃないか!?
なんで照美が──まさか、輝坊が言ってた気になる娘ってのは⋯⋯!)
「おめでとう輝坊!」
「ありがとう!照美ちゃん。照美ちゃんがいつも応援してくれたおかげだよ!」
「ううん。私は何もしてないわ。この合格は、貴方自身の努力で勝ち取ったものよ。だからもっと胸を張りなさいな、輝坊。貴方は自分が思っているよりも、ずうっとすごい男なんだから」
輝坊と話す照美の表情は、晴男が今まで向けられたことのないものだった。
そんな二人の様子を見ていると、ムカムカとした気持ちが湧いてくる。
その衝動そのままに、二人の前へ出ていこうとすると、
「照美ちゃん。合格したら、貴方へ伝えようと思っていたことがあるんです」
いつも以上に真剣な表情で、輝坊が照美に言った。
「なぁに?」
首を傾げる照美。
晴男は息を吞み、輝坊は息を吸った。
「貴方のことが好きです。僕と、付き合ってくれませんか?」
振られろ、と思った。
照美はガードの固い女だ。これまで晴男が何度言い寄っても、軽くかわされ続けてきた。
だからきっと、輝坊の告白は上手くいかない。そんなことを晴男は、何度も何度も自身の胸に言い聞かせる。
輝坊は正面から、晴男は物陰から照美の返事を待つ。
暫しの静寂。
刹那とも永劫とも感じられたその時間が過ぎ去った後に。
こくり、と。照美は力強くうなずいて。
がくり、と。晴男は力なくうなだれた。
4.
輝坊と照美が付き合いだしてから、晴男は晴天司としてもスランプに陥っていた。
「ネガティブなんて弱い奴がなるダメな気持ちだ!甘い甘い甘い甘い!!!」
そんなことを、何度も何度も自身の胸に言い聞かせて。
ふと思った。
前向きな気持ちでいようとして本当に心が晴れ晴れしたことがあったのだろうかと。
それから月日が経ち、すっかり落ちぶれた晴男は、それでも必死に胸を張って街を歩いていた。
すると、視線の先で後輩に優しく指導をする輝坊の姿が見えた。聞き耳を立ててみると、なんだかあまりに甘っちょろい教え方をしているので、イラついた晴男は二人の許へと絡みに行く。
「おいおい、そんなんじゃ甘いよ~。俺の頃なんか、寝る間も惜しんで努力したもんだね」
すると、輝坊の後輩はヘラヘラとした態度で答える。
「あんた、輝坊先輩の先輩っすよね? 落ちぶれたって有名っすよ? そんな人に甘いとか言われてもな~」
「お、おい。駄目だろ? 目上の人にそんなこと言っちゃ──」
輝坊が後輩を嗜めようとした直前。
「黙れ。お前なんかに僕の何がわかる」
グッと。晴男が輝坊の後輩の首を絞めていた。
「ちょっと先輩、何やってるんですか!? いくらなんでもやりすぎですって!!」
「うるせぇ! 何いい奴ぶってんだ輝坊!」
そう叫び暴れる晴男を、輝坊はどうにか後輩から引きはがす。
「はぁ、はぁ⋯⋯。
僕の後輩が言ったことは謝ります」
「謝るだけじゃすまねえ!!! 土下座だ土下座しろ!!
あ、そうだ金払えよ! 金払え、金払え!
どうせおまえなんて何やっても俺には敵わないんだよ! バーカ、バーカ、バーカ!
ほんと死んじゃえばいいだよ! おまえもそこにいるちんちくりんもな!
なんで? なんで俺があんなよくしてやったのにそんな迷惑そうな顔するの!? ねえ、ねえ、ねえ?
あーそうか嫌がらせかーぜったいにそうだ。だから──」
「いい加減にしてください」
「は!?」
輝坊ははじめて晴男に反抗した。
晴男はその一言に一瞬で萎縮する自分にびっくりした。
「ぜーんぶ見てたわよ」
「てて照美さん……」
「あなたと輝坊では目指ものも信念も違うの」
「違う。ぼぼくはただ君のために……」
「うん。知ってるよ。私のために頑張ってたよねー。ほ~んと滑稽だった!
もう輝坊はあなたを越しました。どっか行ってくれる?」
輝坊は申し訳なさそうに晴男見ている。
そんな顔するんじゃねえよ。
だって本当は僕だって分かってたんだ。
全部が空回りしていることぐらい。
そして晴れ男は膝から崩れ落ち俯いた。
三人が立ち去ったあとボロボロと涙が出てきた。
『あんたは本当にダメな子ね!もっと自信を持てないの!?』
昔、晴男が母親に言われた言葉だ。
母さん。どうして俺はいつもこうなんだ。
俺は輝坊みたいになりたかっただけなのに。
いつもこうだいつも・・・
「うわ―――――――――ん」
人目もはばからず、晴男は思いっきり泣きわめいた。
気がつくと晴男は暗い闇の中で一人立ち尽くしていた。
「はぁ⋯⋯何やってんだろ、僕」
一気に冷めた頭で、必死に普段の状態へ戻ろうとする。
だけど。
もう胸も張れないし、前も向けないし、笑顔も浮かばなかった。
自信を失った自分に、これ以上価値などない。
晴れ男でなくなった僕は、母さんの嫌いな晴男だ。
みんなだ。
みんなが僕を理解してくれない。
みんななんで僕だけにイジワルするんだ。
みんなが僕にしたイジワルを仕返してやる……ッ!
そして彼は晴天司の職場に向かった。
「おお!晴男おはよう!今日もいい天気にしような!」
「おはようございます!晴男さん!」
「晴男さん!」「晴男!」「晴っちゃん!!」
みんなだ。
みんな僕の実力を知らずに気安く話しかけてバカにしやがって・・・
晴男は話しかけてくる仲間にぶっきらぼうに答えたつもりだった。
「おう!おはよう!」
なんでだこんな時も僕は明るくいようとしてるというのか。
底知れない感情がふつふつ煮えたぎる。
「先輩、おはようございます」
忌まわしき輝坊が目の前に現れて決心がつく。
「おまえさえいなければ……」
「へ?」
「おまえさえいなければあああぁぁぁぁぁッ!!」
おまえさえいなければと言いながらその後の言葉がまったく見つからない自分に苛立つ晴男。
そうだ。輝坊がいなかったとして、それで何が変わるというのか。
一瞬頭をよぎったそんな思考を見てみぬふりしながら──
「みんな黒くなっちまえばいいんだよ!!うおおお!」
そこらにある机や椅子をなぎ倒し叫びながら、晴男は職場の出入り口まで走った。
滑稽だろ!みんな僕を笑えばいいさ!おかしいだろ!おかしいだろ!!!
「晴っちゃんどうしたんだ。輝坊、何か知ってるか?」
「ちょっと分からないですね。」
みんななぜ怖がらない?僕は本気だというのに。やっぱり誰も本当の僕を理解してない。
そして晴男は空に向けて手を上げた。
「僕は本気だぞ!!僕は怒ると怖いんだぞ!!!」
落としてやる。
晴天司は天候を司る職業──ならば、当然晴れにする以外の操作とて可能だ。
僕に反抗した輝坊。僕を下に見ている職場の奴ら。
みんなみんな、その頭に天罰を落としてやる。
晴れ間が消える。
空が涙をこぼし始める。
さあ、僕を怒らせるとどうなるか、目に物見せてやるからな!
そして、雲が光った。
刹那の瞬き。遅れて鳴り響く轟音。
晴男の感情に呼応して、雷が落ちたのだ。
それは、彼の最も憎んでいる対象に落ちることになる。それは──
「……え?」
晴男は、黒焦げになった自身の身体を呆然と見ていた。
自分を下に見ていた、輝坊や職場の奴らに雷を落とし、本気を見せつけてやるはずだったのに。
「なんで、僕が……」
そうか。
ここにきて、はじめて気付いた。
いや、気付かない振りをしていたのかもしれない。
僕が本当に嫌いだったもの。憎んでいたもの。下に見ていたものは──
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