人囃子

短編

嘗てあの御山には
神が祀られておった。
それはそれは善き神であったと、
言い伝えには残っておるな。

じゃが、それも昔の話よ。
人の子が不便な御山を離れ
平地に里をつくって
そこへ住むようになってから、
次第に神の存在は
忘れられていった。

神は信仰がなければ
その姿を維持できぬ。
忘れられた神の子は祟り神、
乃至は妖へと
その身を堕としてしまう。

それからじゃ。
とある噂が
囁かれるようになったのは。

曰く。
御山へ迷い込んだ者が
次々と神隠しに遭っている、と。

さらに奇妙なことに、
御山からは夜な夜な
不気味な囃子が
聞こえてくるという。

故に、いつしか人々は
御山のことを
こう呼ぶようになった。
妖の宮、とな。

そして、その噂は事実じゃった。
御山に迷い込んだ人の子は、
堕ちた神の子の贄となり、
死んでしまう。
その殺され方も残虐にすぎた。

指が擦り切れるまで手拍子させられ。
喉が潰れるまで唄を歌わされ。
屍と化すまで狂い踊らされる──

その様は、
まさに現世へと現れた地獄が如し。
見るに耐えぬ惨劇だったという。

しかしな。
生きるために命を奪うは道理。
どんな生き物でもやっている
ごく自然な循環にすぎない。

先ほども言った通り、
神の力を留めるは信仰。
それは敬いでも良いし、
畏れでも良い。

嘗て善なるものとして
崇められた神は、
忘れられて
消え去るところであったが、
人の子に鮮烈な恐怖を
植え付けることで、
存在の消滅を
先延ばしにしたのじゃ。

それを責めることが
どうしてできようか。

じゃが当然、
そんな理屈で納得できるほど
人は従順でない。
力をつけて準備して、
神の子への復讐を決行した。

斯くして、それは成功し──
神の子を降した人の子は、
同胞がやられたのと
同じことをやり返す。
これで悪しき
神の子も終いだ、とな。

かつて神の子に命の焔を
吹き消された人の子が、
今度はその焔でもって
神の子を炙った。

さぁ
御手を叩け 御手を叩け
指が擦り切れるまで
唄を吟ぜ 唄を吟ぜ
喉が擦り切れるまで
狂い踊れ 狂い踊れ
命の灯燃え尽きるまで

人の子は叫んだ。
目には目を。歯には歯を。
神の子に同じ苦痛を与え、
報復を果たす。

そう考えての行動じゃった。
しかし。

ヤァ
御手ヲ叩コ 御手ヲ叩コ
指ガ擦リ切レヨウト
唄ヲ吟ゾ 唄を吟ゾ
喉ガ擦リ切レヨウト
狂イ踊ロ 狂イ踊ロ
命ノ灯燃エ尽キヨウトモ
暁燃ユル 愉シ愉シ人囃子

人の子の思いとは裏腹に、
神の子はとても楽しく
踊るのじゃ。

自ら死に急ぐその様を
人の子はただ呆然と
眺めておった。

寒空の中、
囃子は響き続け──

神の子は、
指を失い、
喉を失い、
命を失った。

その最期まで、
赤い眼から同じ色の
嬉し涙を流してな。

結局のところ、
人の子は最後まで
神の子が何を考えているのか
解らなかったし、
神の子は最期まで
人の子が何を思っているのか
解らなかった。

ま、これはそういうハナシさね。

ん?
どうして泣いているの、とな?

はて、自分では気付かなんだ。
儂は今、涙を流しておるのか。
何故じゃろうな?
夜も更けてきたことだし、
きっと眠気によるものかな。
そろそろ眠りに就く頃だと
身体が教えてくれておる。

さぁ、それじゃあ今宵は
このくらいで終いとしようか。
布団に入って、
ゆっくり目を瞑るとしよう。

オヤスミナサイ、人ノ子ヨ。

本作は私のボカロオリジナル曲『人囃子』のバックストーリーとなっております。
よろしければ併せてお聴きくださいませ♪

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